2013年11月4日の夜はイスラム暦の元日(1435年ムハッラム月1日)でした。
したがって、11月14日(イスラム暦ムハッラム月10日)が、シーア派がイマーム・フサインの殉死を追悼するアーシュラ―の日になります。
というわけで?今回はシーア派の街カティーフの結婚式について書く。
カティーフでの式には2回参列したけど、同じ町内の同じ会場だったので、カティーフ一般とは言えないかもしれない。まあ、以前書いたスンニ派の街ハーフルバートンでの式とはかなり違っているので、サウジの文化の多様性は紹介できると思う。
ちなみに、ハーフルバートンの式について書いた8月には合計3回参加だったけど、9月にカティーフで参加して今は合計4回になってる。
(ハーフルバートンでの結婚式はこれ http://sauditengoku.blogspot.com/2013/08/blog-post_18.html )
カティーフの結婚式は、もちろん式場で行うこともあるらしい(特に有力者や合同結婚式などで参加者が多い場合)が、地域のフサイニーヤで行うのが一般的なようで、僕が参加した2回もフセイニーヤだった。
フセイニーヤというのは、シーア派だけが設ける、イマーム・フセインを悼むための集会所のようなもの。コーランの朗読やシェイク(地域の宗教的指導者)の説教や一般的な集会が行われる。モスク=礼拝所とは別。
”フサイニーヤはモスクではなく、一義的にはフサインの殉教を悼む受難劇を演ずるための場所でシーア派だけの独特な施設”
https://twitter.com/HASSANKONAKATA/status/203303643359870977
当然、女性と男性は場所が別で、それは結婚式でも同じ。
今回も、女の子には、一切、遭遇してません。
式のスケジュール概要なこんな感じ:
20:30 参列者が集まって新郎とその男家族に挨拶
シーア派はイシャー(夕食)の礼拝をマグリブ(日没)の礼拝と合わせて行うので、
シーア派の街では夕食時間にアザーン(礼拝の呼びかけ)がない。
これは夕食か夕食後くらいの時間。
軽食が振る舞われる。
22:00 新郎がフセイニーヤを出る
新郎の新居に向かって参列者で歌ったり踊ったり花火鳴らしたりししながら練り歩く
途中新郎がモスクで礼拝したりする
家の前でもひと騒ぎする
23:00 解散
特に出し物とかはない。挨拶して騒いで終わり的な式。

フサイニーヤ外観:
イスラム的モザイク&カリグラフィ装飾
フサイニーヤ内観:
なかなか広い。軽食置き場を取り払って詰めて座ったら百人以上収容できそう。
説教用の演台やコーラン朗読台もある。
軽食:
カティーフ一回目では、スイーツとフルーツが中心に置かれていたが、二回目ではサラダやパン系の食べ物ものも置かれていた。
会場全景、新郎とへの挨拶待ちの人々(二回目時):
参列者全体で何人居たのかわからない。200人じゃ利かないくらい。
新郎と(二回目時):
新郎のところには映像と写真のプロカメラマンが居て、新郎+参列者の写真撮ってた。
みんなで手拍子しながら新郎を称える歌を歌っている、新郎の友人達:
この後、偉い人が来て「歌は唄うな!」と注意していた。フサイニーヤは、別に悲しまなければいけない所ではないが厳粛であるべき所だから、ということらしい。
外へ出て練り歩く:
カティーフ一回目の時は、花火鳴らしてたけど、二回目の時はなかった。その代わり片張りのでかいタンバリンみたいな太鼓叩いてた。新郎の脇には兄弟か誰かが常に両脇を固めていた。別に警護というわけではないだろうが。
二回目の時、なんだかよくわからないが参列者みんなからしきりに執拗に「新郎のケツを触れ」って言われたので、両手で思いっきり掴んでやったら、新郎他参列者がみんな爆笑していた。んで僕のケツも触られた。何なんだあれ。意味は誰も教えてくれなかった。
新郎、途中でモスクでお祈り(二回目時):
フサイニーヤはいいけどモスクは入っちゃダメ、でも外から写真撮っても良いよ、と言われて撮影。
妻を持たせてくれたことをアッラーに感謝しているのだと。
シンプルかつ装飾性もあるなかなかきれいな内装。
新郎の家の前でひと騒ぎ:
太鼓叩きながら、歌うたいながら、踊る友人達。
結婚がある家は電飾が付けられる。
踊ってみた:
踊ってみた。
総括:
挨拶してなにか食って歌ったり踊ったり、という抽象の仕方をすれば、ハーフルバートンのものと同じ。
会場規模や踊りの内容が違うだけ。どっちもシンプルだけどカティーフのモノのほうがシンプルだった。
ハーフルバートンでは、客が他の客の殆どに挨拶に回っていたけど、カティーフでは基本的には新郎に挨拶するだけで、親しい友人がいれば立ち話する感じ。参列者のほとんどは同じフセイニーヤでいつも一緒にイベント事を運営している仲間で顔見知りらしい。
シーア派は独自の教区制度的なものがあって、日常的な金曜礼拝からアーシュラーのようなイベント事までその単位でやっているので、家族の結びつきも強いが地域の結びつきも非常に強い。近所の人はみな知り合いで、歳が近ければ友達。小さい頃からずっと一緒に育っているので、本当に兄弟のような存在らしい。ムスリムはすぐに人を兄弟(アホイ=my brother)と呼ぶが、ここの人たちは家族じゃなくても本当に兄弟と呼ぶにふさわしい友人がたくさんいるんだなあ。
僕は引っ越しやらなにやらで、そういう地縁的な友達=小中学校の時の友達とはもうほとんどつながってないので、羨ましい気もする。生まれた地域で成人まで住んでそこで相手も見つけて結婚する人って、日本全体でもう少ない気もするけど。

















