2013年11月10日日曜日

サウジの結婚式@カティーフ


2013年11月4日の夜はイスラム暦の元日(1435年ムハッラム月1日)でした。
したがって、11月14日(イスラム暦ムハッラム月10日)が、シーア派がイマーム・フサインの殉死を追悼するアーシュラ―の日になります。
というわけで?今回はシーア派の街カティーフの結婚式について書く。

カティーフでの式には2回参列したけど、同じ町内の同じ会場だったので、カティーフ一般とは言えないかもしれない。まあ、以前書いたスンニ派の街ハーフルバートンでの式とはかなり違っているので、サウジの文化の多様性は紹介できると思う。
ちなみに、ハーフルバートンの式について書いた8月には合計3回参加だったけど、9月にカティーフで参加して今は合計4回になってる。
(ハーフルバートンでの結婚式はこれ http://sauditengoku.blogspot.com/2013/08/blog-post_18.html )


カティーフの結婚式は、もちろん式場で行うこともあるらしい(特に有力者や合同結婚式などで参加者が多い場合)が、地域のフサイニーヤで行うのが一般的なようで、僕が参加した2回もフセイニーヤだった。
フセイニーヤというのは、シーア派だけが設ける、イマーム・フセインを悼むための集会所のようなもの。コーランの朗読やシェイク(地域の宗教的指導者)の説教や一般的な集会が行われる。モスク=礼拝所とは別。
”フサイニーヤはモスクではなく、一義的にはフサインの殉教を悼む受難劇を演ずるための場所でシーア派だけの独特な施設”
https://twitter.com/HASSANKONAKATA/status/203303643359870977
当然、女性と男性は場所が別で、それは結婚式でも同じ。
今回も、女の子には、一切、遭遇してません。

式のスケジュール概要なこんな感じ:
20:30 参列者が集まって新郎とその男家族に挨拶
    シーア派はイシャー(夕食)の礼拝をマグリブ(日没)の礼拝と合わせて行うので、
    シーア派の街では夕食時間にアザーン(礼拝の呼びかけ)がない。
    これは夕食か夕食後くらいの時間。
    軽食が振る舞われる。
22:00 新郎がフセイニーヤを出る
    新郎の新居に向かって参列者で歌ったり踊ったり花火鳴らしたりししながら練り歩く
    途中新郎がモスクで礼拝したりする
    家の前でもひと騒ぎする
23:00 解散

特に出し物とかはない。挨拶して騒いで終わり的な式。







フサイニーヤ外観:
イスラム的モザイク&カリグラフィ装飾





フサイニーヤ内観:
なかなか広い。軽食置き場を取り払って詰めて座ったら百人以上収容できそう。
説教用の演台やコーラン朗読台もある。


軽食:
カティーフ一回目では、スイーツとフルーツが中心に置かれていたが、二回目ではサラダやパン系の食べ物ものも置かれていた。





会場全景、新郎とへの挨拶待ちの人々(二回目時):
参列者全体で何人居たのかわからない。200人じゃ利かないくらい。



新郎と(二回目時):
新郎のところには映像と写真のプロカメラマンが居て、新郎+参列者の写真撮ってた。



みんなで手拍子しながら新郎を称える歌を歌っている、新郎の友人達:
この後、偉い人が来て「歌は唄うな!」と注意していた。フサイニーヤは、別に悲しまなければいけない所ではないが厳粛であるべき所だから、ということらしい。




外へ出て練り歩く:
カティーフ一回目の時は、花火鳴らしてたけど、二回目の時はなかった。その代わり片張りのでかいタンバリンみたいな太鼓叩いてた。新郎の脇には兄弟か誰かが常に両脇を固めていた。別に警護というわけではないだろうが。
二回目の時、なんだかよくわからないが参列者みんなからしきりに執拗に「新郎のケツを触れ」って言われたので、両手で思いっきり掴んでやったら、新郎他参列者がみんな爆笑していた。んで僕のケツも触られた。何なんだあれ。意味は誰も教えてくれなかった。


新郎、途中でモスクでお祈り(二回目時):
フサイニーヤはいいけどモスクは入っちゃダメ、でも外から写真撮っても良いよ、と言われて撮影。
妻を持たせてくれたことをアッラーに感謝しているのだと。
シンプルかつ装飾性もあるなかなかきれいな内装。





新郎の家の前でひと騒ぎ:
太鼓叩きながら、歌うたいながら、踊る友人達。
結婚がある家は電飾が付けられる。


踊ってみた:
踊ってみた。


総括:
挨拶してなにか食って歌ったり踊ったり、という抽象の仕方をすれば、ハーフルバートンのものと同じ。
会場規模や踊りの内容が違うだけ。どっちもシンプルだけどカティーフのモノのほうがシンプルだった。
ハーフルバートンでは、客が他の客の殆どに挨拶に回っていたけど、カティーフでは基本的には新郎に挨拶するだけで、親しい友人がいれば立ち話する感じ。参列者のほとんどは同じフセイニーヤでいつも一緒にイベント事を運営している仲間で顔見知りらしい。
シーア派は独自の教区制度的なものがあって、日常的な金曜礼拝からアーシュラーのようなイベント事までその単位でやっているので、家族の結びつきも強いが地域の結びつきも非常に強い。近所の人はみな知り合いで、歳が近ければ友達。小さい頃からずっと一緒に育っているので、本当に兄弟のような存在らしい。ムスリムはすぐに人を兄弟(アホイ=my brother)と呼ぶが、ここの人たちは家族じゃなくても本当に兄弟と呼ぶにふさわしい友人がたくさんいるんだなあ。
僕は引っ越しやらなにやらで、そういう地縁的な友達=小中学校の時の友達とはもうほとんどつながってないので、羨ましい気もする。生まれた地域で成人まで住んでそこで相手も見つけて結婚する人って、日本全体でもう少ない気もするけど。

2013年8月18日日曜日

サウジの結婚式@ハーフルバートン

今まで3度サウジアラビアの結婚式・披露宴に参加した。
第一回目はクウェート国境の内陸都市ハーフルバートン(Hafar Al Batin)にて、二回目は東部州に有るサウジで一番大きなシーア派都市カティーフ (Qatif)にて、三回目は一回目と同じくハーフルバートンにて。ハーフルバートンはサウジ人のほとんどがスンニ派。

結婚式・披露宴は、日本の結婚式を思い浮かべても分かるように、地域・家系・個人によって非常に内容が異なるものだから、「サウジの結婚式」などと一括りにはできないけれども、まあ日本とサウジで比較したら全く異なる点もあるわけで、飽くまで一例にすぎないとはいえ日本の人から見たら興味深いこともあると思う。

ところで、僕が参加した限りでは、結婚式と披露宴の区別は無い。キリスト教なら式として教会で愛の誓いやキスなんかもしちゃうのだろうけど、イスラム教のモスクで男女が肩を並べてなにかをする、ましてや家族以外に嫁の顔を見せたり人前でキスなんてことをするはずもなく、結婚そのものは書類上の契約であって、式=披露宴ということになる。
というわけで、「結婚式・披露宴」と書くのが面倒なので、日本で言えば披露宴の要素が強いものの、以後「結婚式」と書くことにする。

今回は、一回目と三回目のハーフルバートンでの結婚式の模様をまとめてみる。
この二件の内容は、違う家族だけど同じ部族名の人たちのもので経済階層も近いので、非常に似通っている。
参加者もかぶりまくりで、三回目の方では一回目に参加した僕を覚えててくれた人達もいた。

まず最初に明記しておくけれども、以降には一切女性の話は出てこない。新婦も当然式には参加していて、女性出席者も大勢いいる”らしい”のだが、会場の入口から違うので集っている様子も会場内での様子も全くわからない。だから、僕が見たのは男性側会場でのことだけだ。

(以下、一回目に該当するものを(1)、三回目に該当するものを(3)と表記)

全体のスケジュールは、大体(1)も(3)も同じで、次のような感じ。

18:00過ぎ 三々五々人が集まり始める。
       アラビックコーヒー、デーツ、紅茶、お菓子、お香、が振る舞われる。
20:00過ぎ  新郎登場
22:00頃     夕食が振る舞われる。
       新郎が退場。
       ダンスなどをする
24:00頃     解散


会場の様子(1):200人座れるくらいのスペースは有る



会場の様子、外と中(3):規模は(1)と同じくらい
正面には直近3代の王様の肖像が飾られている

まず会場到着時、これは結婚式に限らずサウジ人の家に招かれた時なども同じだが、その場に着いたら基本的に先に着いている参列者全員に挨拶する。入り口の右手から反時計回りに(イスラムは何でも右側からだ)。先に着いていた人達は、新しい人が来たら立って挨拶する。
挨拶がどんなもんかというと、「アッサーラムアレイクム(こんにちは)、エイシュアフバーラク(おかわりなく?)、ケイフハールク(ごきげんいかが)、ケイフアルアーエラ(家族は元気?)、ケイフなんとかかんとか」と、相手の様子を尋ねるワードを沢山掛け合い、握手とキス(頬を付け合う)をする様なもの。キスは、基本的に初対面の人とはしない。親しさに応じて長くなり、非常に親しければ頬同士を3回くらい合わせた後、鼻と鼻を合わせたりする。当然、男同士だ。
新郎の父は最初からこの会場にいて、参列者全員に挨拶をする。


配られるデーツ(3):皿にはごまペーストとヨーグルトクリーム的なものが入っている

振る舞われる軽食は、内容も順番も結婚式に限らずいつも決まっている。まずアラビックコーヒー、次にデーツ(ナツメヤシ)、次に紅茶と茶菓子。
必ずこの順番であり、個人宅での場合、コーヒーを給仕する人はその客人がもういいと言うまでその客の前に居続けて給仕し続けるので、コーヒーに満足したら「バス(enough)」と言ってコーヒーカップを振って給仕者に手渡し、満足した旨を伝えなければならない。飲みかけでキープしてはいけない。だからアラビックコーヒーカップはとても小さいのだ(写真貼ろうと思ったけど持ってなかった)。紅茶はキープしてOK。

なお、コーヒーカップも紅茶のグラスも基本的に使いまわすので、必然的にその辺のオッサン達と間接キスをすることになるが、細かいことは考えないのが吉。

お香が振る舞われるというのはどういう事かといえば、香木を焚いた香台を客の前に差し出して、客がその香りを楽しんだり、シュマーク(サウジ人がかぶってる布)で香台を覆うようにして香りをシュマークに移したりすること。…これも写真がないな。


新郎と(1)


新郎と(3)

新郎の登場だが、日本とは違って特に音楽が掛かることもなく、すれ違う客達と握手しながら会場正面奥の玉座っぽいところまで静かに歩いてくる。
で、玉座に着いても座る暇なんかなくて、すぐに押し寄せる参列者たちとの握手会開催状態になる。
まあこの辺は日本の披露宴の歓談時間と似た感じ。


挨拶する新郎(3)

新郎が白い民族衣装(トーブ(thoub))の上に纏っているマントはベシュト(Besht)と言う、特別な時に着るもの。別に新郎だけが着るものではなくて、新郎の父も着ているし、少数ながら客の中にも着ている人はいる。どうも、自分を特別に見せたい人は着るようだ。若い人はまずもっておらず、珍しいのか人のベシュトを着て記念写真を撮る若い参列者が沢山いた。



会の終盤、新郎の父が着ていたベシュトを着て記念写真を撮る参列者(3)


ベシュトを着てみたが、トーブじゃないとしっくりこない(3)

挨拶が一段落して、ダイニングに食事が用意されたら、みんなで移動して食事をする。
振る舞われるのはもちろん、サウジの伝統家庭料理カプサ。基本的にはご飯の上に肉を乗せた料理。
肉はチキンやさかなやひつじやラクダ。肉を煮込んだ出汁で米を炊いたり、普通の白飯の上に焼いた肉を置いたり、いろいろバリエーションが有る。
ほぼ炭水化物とタンパク質と脂質という感じの内容であり、健康には悪いと思うが、味はうまい。僕は好きだ。
もちろん、右手で食べる。


カプサ(別の時のもの)


ダイニングの様子(3)

ダイニングは歓談会場よりも狭いので、ここに参列者が集まるとそのおっさん密度たるや日本よこれがホモソーシャルだ!という状態になって圧巻だ。



食事の後は付属の洗面台で手を洗う(3)

食事後(3):サウジでは飯を余らせまくる。この食材的余裕と大皿をシェアするスタイルゆえ、招待客の数を確定しなくていいというシステムなのだ。


参列者はいつ来ていつ帰ってもいいので、全ての参列者が食事までいるわけではないけど、食事後は帰る人が多くなる。そうだよね。みんな飯食いたいよね。
食事を取って一息ついたら、新郎は退場する。新郎は新婦会場に顔を出し(女性参列者はこの時だけアバヤ(全身を隠す黒い民族衣装)を着る)、その後新婦を連れて家なりホテルなりに帰り、初夜を迎える。

そしてここから、結婚祝いのダンスなどを行う。主役に捧げるわけではないんだな。

まずは、サウジ北部に伝わる伝統的な踊りダッハ(Dahha)。最初に詩吟みたいな節を付けた歌を歌い、手拍子を叩きながら「んっふむっふ」と唸るもので、踊りというか手拍子。Youtubeを見ると、もっと激しい動きと掛け声だったり剣を振り回したりする動画もあるので、地方と部族によって違うのだと思う。
このダッハは、預言者ムハンマド(SAAS)が生まれるよりもずっと昔、ペルシアが象部隊を先鋒にアラビア半島に攻めこんできた時に、人数も少なく大した武装もないこの地域のアラブ人達が、騒がしく奇妙な音を立てることで象を脅かしてペルシア軍を混乱させて撃退したことに由来するという。参列者の一人のおっさんがそう言ってた。
アラブニュースの記事ではペルシアとは書いておらず「敵対部族の大部隊が攻めてきたが、少勢でまともに戦えないので、ライオンの唸り声をマネて、ラクダを叩いて走らせ、敵部隊を脅かして退却させた」とある。
http://www.arabnews.com/node/402627
いずれにせよ、戦闘由来と言われている。
ただ、伝統的なものにはつきものだが、ダサくて面白くもなくノれるものでもないので、若い人はあまりやらないしやり方もわからないとか。



ダッハの様子(1)


ダッハの様子(3):まず詩吟


ダッハの様子(3):次にんっふむっふ


ダッハの様子(3):参戦


続いては、ダブカ(Dabka)と呼ばれるダンス。これは元々はヨルダンやシリアの踊りらしいが、サウジでもポピュラーとのこと。基本的には6拍子の間に二回ステップ→足を踏み鳴らすという動きを繰り返す単調で地味なラインダンス。ただ、最後のタップだけ合わせればそこまでの動きは自由ということで、アレンジを加えて派手に踊る人もいる。
演奏家を呼んで生演奏で踊る所もあるし、音源を流して踊ったり、バックでマイクパフォーマンス(参列者イジリ)をしてる場合もある。


ダブカの様子(1)


ダブカの様子(3)地味にステップを踏む


ダブカの様子(3)派手にステップを踏む参列者の後ろで地味にステップを踏む僕


マイクパフォーマンス中(3)

参列者が思い思いにラインを編成し、疲れたら後ろに退いたりまた参加したりしながら、ラインが作られなくなったらだいたいそこで結婚式は終了。

既に書いた通り入出場は自由で、正式な招待などもなく、式次第も無い。日本の結婚式・披露宴と比べると非常に緩い進行であり、とてもサウジらしい。僕のような”外の人”でも参加可能だ。当然ながら全く知らない人の会にアポ無しで混ざるようなことはおすすめしないが。

なんというか、最後の踊りと規模の大きさを除けば全体的に歓迎の形式は個人宅で客をもてなすのと同じであって、サウジ人の目から見れば特別なことはあまりないと思う。規模が大きいので準備は大変らしいが、僕はこれをかなりの程度日常の延長だと思った。男性は着ている服もいつもと一緒だしね。新郎本人とその親以外の参列者にとっては日常+αくらいの空間。日本のとてもハレハレした空間とはだいぶ違う。

一方、女性の方は普段あまり弾ける機会がない分楽しみにしている人が多いらしく、サウジ人男性の参列者は妻のドレスを新調したり当日朝から女性家族の美容院への送迎をしたりと忙しいらしい。男性が歓談している時間にも、女性会場からはずっとダンスミュージックが流れていて、ひたすら踊っているようだった(想像)。
サウジのショッピングモールでは、いつこんなの着るんだ?というような派手で露出度の高い女性用ドレスがたくさん売られているが、こういう時に着るわけだ。


注記1:「炎上しそう」との指摘があった一部分を削除しました

2013年8月3日土曜日

商店街じゃなくて店が並んでるだけ

日本では気づかなかったが、商店街というのはある種の社会的発明だ。
アーケード(パッサージュ)がそういう発明だというのはよく知られているかもしれないけど、例えば、日本で2・3店舗が”軒を列ねている”ようなところでも、多くの場合は独立した店舗がただ並んでいるという状態を超えて、共同して顧客が買い物するのに便利な状態を作り出していて、それは商店街と言っていい。
そのことに、サウジの地方都市(カフジAl Khafji)に行った時に気づいた。



カフジの中心街はこんな感じ。こんな通りが、いくつか、総延長で1~2kmくらいあるのかな?商店数は百以上はある。人口6.5万人くらいの街としては結構大きいと思う。
さて、「独立した商店がただ単にたくさん並んでいる状態」というのはどういうものかというと、下のような状態。


段差。店ごとに店の前の軒部分の地面(歩道と呼べない)の高さが違う。
店の前の歩道までオーナーのものだから、どう作るかは自由なわけだ。
足元に気をつけないと歩けない。店を見ながら歩いたら絶対に転ぶ。
日本でこんな商店街ないでしょう。

まあ、ただの段差だったら転ぶか転びそうになるくらいで済むけど、


突然なくなることもあるので、気を抜いてると落ちる事もあるから、サウジの地方都市の街を歩く時は絶対に足元を見て歩かなければいけない。
商店街なら歩道となっているはずのところまでオーナーの持ち物なんで、更地にされるとこうなっちゃうんだね。


これがどんなに顧客にとって不便になり、集客上不利益になっているのか教えてやりたい!商店街という発明を教えてやりたい!
と思ったけど、地元の人はこの通りを歩きまわることなんてほとんどないんだよね。
車で流して、目当ての店を見つけて駐車して買い物するから。
客が徒歩じゃないなら、商店街やアーケードという発想がなくても、商店は特に問題ないね。

サウジの都市化は近年急速に進んだので(人口が30年で倍になった)、家族や友人と連れ立って歩きながら買い物するような場所の需要というのは、アーケードなどが発達する前にショッピングモールに回収されてしまったのだった。


↑このショピングモールはカフジではなくアルコバール市至近のダーランDahran市のダーランモール。
カフジはクウェート国境の町で、車で1時間半も走ればクウェート市街に着いてしまうし、サウジ人はパスポート無しでクウェートにいけるので、サウジ人は買い物にクウェートに行くのだという。
逆に、クウェート人は、物価が安いサウジに日用品や食品を買いに来ることがあるとか。


2013年8月2日金曜日

クルアアムワントビヘール Kull 3am w ant bikhail

そういえばマウリド・イマーム・ハサンでの、お決まりの挨拶があったので書いておこう。

「クルアアムワントビヘール」
(あなたがいつも良い状態でありますように)

アラビア語の解説を兼ねてもう少し分解して書くと:
クル kull = all
アアム 3am = year (最初のアはع(アイン)なので不良が「あ゛あ゛ん!?」と敵を威嚇するときのような、喉を鳴らす「あ」)
ワ・アント wa ant = and you
ビヘール bikhail = well (へ(kh)はخ(ハー)なので痰を吐く前にカーッってやる感じの、喉を鳴らす「へ」)

お菓子や食べ物や飲み物をもらったら、すかさずこれを言う。
そうするととても喜んでもらえる。物をもらってんのはこっちなのに。
逆に遠慮すると失礼なので、差し出されるものはジャンジャンもらわないとダメ。
『完全教祖マニュアル』に「寄付は自分のために行うもの」とあるように、配る方は物を配りたくて配ってるのだからもらってもらえるほうが嬉しいので、もらう方はむしろ奉仕の気持ちでもらえるだけもらってやるべきなのだ。

サウジ人は一般的にガイジン、特に普通アラビア語を話せないと思われている欧米人や東アジアの人間がアラビア語を話すのが嬉しいらしいので、物を受け取ったということ以外に、アラビア語で適切な挨拶した点も多分喜ばれたんだろう。

あと、もらったお菓子にかなり癒される物があった。


ミニ四駆みたいな未来的フォルムのスポーツカーのミニチュアでも入ってるのかな、と思って開けてみたら


やたら時代がかったフォルムの車のミニチュアが出てきた。
20世紀前半くらいのデザインじゃないかな?
こんなの”敢えて”じゃなかったら作られないと思うんだけど、敢えてやる意味も分からない。
ちなみに同封されてたストロベリーキャンディーも、絶妙に不味かった。

2013年7月31日水曜日

マウリド・イマーム・ハサン Mawlid Imam Hasan

西暦2013年7月23日は、サウジではヒジュラ暦1434年ラマダン月15日。※1
ラマダン月15日といえば、言わずと知れたハサン・イブン・アリーの誕生日、マウリド・イマーム・ハサン(Mawlid Imam Hasan)。

言わずと知れない人のために説明すると、預言者ムハンマド(SAAS)※2の娘婿で第四代カリフかつ初代イマームのアリー・イブン・アビー・ターリブ(AS)※3の息子が第五代正統カリフかつ第二代イマームのハサン(AS)。

ハサン(AS)は預言者ムハンマド(AS)の孫で第五代カリフで後にウマイヤ朝を起こしたムアーウィヤとカリフ職を争った人物なので、イスラム史上の重要人物だけど、この誕生日を祝うのはシーア派だけ。無謬の第二代イマームだからね。シーア派だけとは言ってもシーア派もこの辺の地域にはたくさんいるので、主にバーレーンからサウジ、クウェート、イラク、シリア、イランあたりでは広く祝われている。はず。
なぜか他のイスラム教国では国民の祝日になっているマウリド・アン・ナビー(預言者ムハンマド(AS)の誕生日、ラビーウ・アル=アウワル月12日=2013年は1月24日)ですらサウジアラビアでは祝日ではないのだが、それはさておき、そのマウリド・イマーム・ハサンの日にシーア派の街カティーフ(Qatif)へ行ってきたので街の様子を紹介する。




お祝いのため電飾を施す民家。
似たような電飾を、結婚式時なども飾る。







この日、主な通りに面する家では、家の前にお菓子や食べ物や飲み物を置き、道行く人々に配る。
簡素な佇まいところも、気合の入った屋台を設えるところもある。


お菓子をもらう子供。
でも通行人になら誰でも(ガイジンの僕でも)お菓子や食べ物を配ってて、僕も結構もらった。
サウジの都市には珍しく、カティーフにはあまりガイジンがいないんだけどね。


トムとジェリーらしききぐるみまで出してる。

カティーフは細く曲がりくねった道の多い、ミチッとした街だが、そういうところで家々がデコレーションされ、子供がお菓子を集めに駆けまわってて、とても平和な光景だった。
シーア派というと、アーシュラーの日にイマーム・フセイン(AS)の死を追悼して自分を鞭打ったり剣で自傷して流血したりだとか、アサシン教団だとか、そういう陰惨なイメージを抱いている人もいるかもしれないけど、それは情報が偏り過ぎだから。

ちなみに、写真は成人女性を撮さないように、成人女性が撮られていると感じないように、非常に注意して撮ってます。だから撮りたい風景でも撮れないこともある。これはサウジではどこでも気をつける基本事項なので強調しておきます。地元人はバシバシ撮ってるけどね。


※1:太陽暦の日付と太陰暦であるヒジュラ暦では、地域によって暦上の日にちの対応がズレるので注意。
※2:サッサラーフ・アレイヒ・ワ・サラム=彼の上に平和と祝福あれ の略。預言者ムハンマドの名前の後に使う。
※3:アレイヒ・サラム=彼の上に平和を の略。歴代預言者や天使の名前の後に使う。シーア派はイマームの名前の後にも使う。イスラムかぶれっぽい雰囲気を出すために上記本文ではたくさんつけてみたが、多分今後は忘れることも多いだろう。